敗者の品格に涙。絶望の中で人を想える「人間性」の尊さ。ミラノ・コルティナ五輪でのワンシーン。

人が人のことを想う姿を見ると、どうしようもなく感傷的になってしまう私。スポーツをする一人の人間として、世界の頂点を争い、極限まで自分を追い込み続ける選手たちへのリスペクトはもちろん最高にありますが、勝敗が決した「その直後」に見せる、競技以外のシーンでも心を動かされる場面がたくさんあります。
2026年2月、ミラノ・コルティナ五輪の熱狂が続いています。日本勢の躍進に沸く一方で、私の心に深く刻まれたのは、メダルの色以上に輝いていた「敗者たちの品格」でした。
日本勢の躍進の裏で、世界が称賛した「脱帽」と「寄り添い」
スノーボード男子ハーフパイプ決勝では、戸塚優斗選手が悲願の金メダル、山田琉聖選手が銅メダルを獲得するという素晴らしい結果となりました。しかし、その表彰式で、日本のファンだけでなく世界中の人々の心を打ったのが、銀メダルに輝いたオーストラリアのスコッティ・ジェームズ選手の振る舞いでした。
表彰式で君が代が流れ始めたとき、戸塚選手と山田選手がニット帽を脱いだことに気づいた彼は、迷わず自分も帽子を脱ぎ、静かに敬意を示しました。それだけではありません。表彰式後のフォトセッション中、彼はふと日本勢2人の前から姿を消しました。向かった先は、4位に終わり、惜しくもメダルを逃して泣き崩れていた平野流佳選手のもとでした。ジェームズ選手は膝をつき平野選手の背中を優しくさすりながら、何度も励ますように声をかけていたのです。
あと一歩で金メダルに届かなかった悔しさは、計り知れないものがあったはずです。それでも、勝者を称え、敗れた友を真っ先に労わる。その姿に、「スポーツマンシップの真髄」を見た気がしました。
絶対王者イリア・マリニン選手が見せた、絶望の中の「ハグ」
そして、フィギュアスケート男子フリー。今回、私が最も心を締め付けられたのは、アメリカのイリア・マリニン選手の姿でした。
「4回転アクセル」を武器に、絶対的な金メダル候補と言われていた彼。しかし、フリーでのまさかの失敗や転倒の連続……。演技直後の彼の悲痛な表情は見ていて本当に苦しくなりました。日本人として鍵山選手や佐藤選手、三浦選手を応援していましたが、圧倒的な実力者である彼があれほどまでに打ちのめされる姿を見て、さまざまな感情がよぎりました。
「4回転の神(Quad God)」としての重圧、団体戦から個人戦まで全力を尽くし続けた肉体的な疲労、そして「できていたことができない」という、トップアスリート特有の絶望感。彼のことは報道で見る表面的なことしか知りませんが、その背負っていたものの大きさを想像するだけで、私も泣きそうになりました。
しかし、ドラマはその直後に起こりました。自分自身が絶望のどん底にいるはずのその瞬間、彼は逆転で金メダルを獲得したカザフスタンのシャイドロフ選手のもとへ歩み寄り、がっちりとハグを交わし声をかけているのです。同い年の新しいオリンピックチャンピオンを、心から称えるその姿。
きっと、優勝したシャイドロフ選手を含む全選手が、マリニン選手の今の気持ちを誰よりもおもんぱかっていたはずです。「金メダルを素直に喜びたい、でも、絶対王者のこの状況がショックで手放しには喜べない……」という空気が会場にはあったと思います。そんな中、マリニン選手自らが祝福の声をかけたことで、勝者は救われたのではないでしょうか。「自分を負かした相手に、素直に喜んでいいんだと思わせてあげる」。このマリニン選手の強さと優しさには、本当に感動しました。人間として、一気に好きになってしまいますね。
「負けた時の態度」にこそ、その人の本性が現れるのか
「勝った時にどう振る舞うか」よりも、「負けた時にどうあるか」に、その人の人間性の本質が出るとよく言われます。悔しさ、惨めさ、自己嫌悪。そういったネガティブな感情に飲み込まれそうな時に、なお自分以外の誰かを思いやり、リスペクトを払えるかどうか。ジェームズ選手とマリニン選手が見せてくれたのは、まさにそれでした。
オリンピックは単なる数字やメダルの数を競う場ではなく、こうした「人間ドラマ」が随所で起こる場所です。栄光の影にある悔しさ、そしてその悔しさを乗り越えて示される優しさ。それらすべてを含めて、スポーツは本当に素晴らしいと改めて実感しました。
自分の弱さを知っているからこそ、他人の強さを認め、痛みに寄り添える。ジェームズ選手やマリニン選手が氷や雪の上で示したその「品格」を、私は一人の人間として深く胸に刻みたいと思います。
結果がどうあれ、全力で戦い抜いたすべての選手たちに感謝とリスペクトを。そして、絶望の中でも人を想う心を忘れなかった彼らの未来に、心からの拍手を送りたいと思います(^^)
