日本に大きなチャンス到来?「フィジカルAI」が変える産業の未来

2025年12月、日本のロボット業界に大きな動きがありました。産業用ロボット世界最大手のファナックが米半導体大手NVIDIAと協業を発表し、同じく世界4強の一角を占める安川電機もソフトバンクとの提携を発表したのです。
この動きの背景にあるのが「フィジカルAI」という新しい技術です。AIといえばChatGPTのような文章を作る技術を思い浮かべる方が多いと思いますが、今度は現実世界で実際に動くAIの時代がやってきます。そして、この分野で日本企業に大きなチャンスがあると言われているんです。
フィジカルAIって何?
フィジカルAI。聞き慣れない言葉ですよね。簡単に言うと、AIを活用してロボットや機械を自律的に制御する技術のことです。サッカーでも「フィジカルの強さ」などの言葉で使われますよね。メンタルの対義語としても使われ、身体能力や状態のこと、つまり身体が強いという意味になり、サッカーだとぶつかった時に競り勝つ強さなどをあらわします。
これまでの産業用ロボットは、あらかじめプログラムされた動作を繰り返すだけでした。工場の組み立てラインで同じ作業を何度も正確に行う、それが得意分野でした。しかしフィジカルAIを搭載したロボットは、カメラやセンサーで周囲の状況を認識し、自分で判断して柔軟に動作できるようになります。
例えば、人がそばにいれば安全に避けながら作業を続けたり、言葉で指示された場所に物を運んだり、想定外のトラブルに自分で対応したりできるようになるんです。工場の中だけでなく、オフィスや店舗、病院など、人がいる場所でも活躍できるロボットが生まれます。
NVIDIAのCEOジェンスン・フアン氏は、フィジカルAI市場が将来的に50兆ドル、日本円で約7,000兆円規模になると予測しています。これは現在の世界の主要産業に匹敵する、あるいはそれを超えるほどの巨大な市場です。
日本企業の動き:ファナックとNVIDIA
ファナックといえば、黄色いロボットで知られる世界最大手の産業用ロボットメーカーです。山梨県の忍野村に本社を構え、外部からの訪問を厳しく制限する閉鎖的な経営スタイルで知られてきました。しかし今回、AI半導体の巨人NVIDIAと手を組むという大きな方針転換を打ち出しました。
協業の内容は、NVIDIAのロボット向け組み込みコンピューター「Jetson」とAI技術を、ファナックのロボットに統合するというものです。さらに驚いたのは、ファナックがロボットを動かすための基幹ソフトウェア(ドライバー)をオープンソースとして公開したことです。
これまでロボットメーカーは、自社のドライバーを企業秘密として厳重に守ってきました。それが競争力の源泉だったからです。しかしファナックは、世界中の研究者やスタートアップが自社のロボットを使って開発できるように門戸を開いたのです。
NVIDIAが提供する仮想空間「Isaac Sim」上でファナックのロボットをシミュレーションできるようになり、実機がなくてもAIの開発や学習ができるようになりました。これにより、ファナックのロボットは「世界最高のAIを載せられるプラットフォーム」になろうとしています。
安川電機とソフトバンク:オフィスで働くAIロボット
同じ日、安川電機もソフトバンクとの協業を発表しました。こちらは産業用ロボットの技術を、工場の外、つまりオフィスやビルなどの環境に展開しようという取り組みです。
安川電機の自律ロボット「MOTOMAN NEXT」に、ソフトバンクのAI-RAN(AIと通信技術を融合した技術)とMEC(エッジコンピューティング)を組み合わせます。これにより、ロボットが建物内のセンサーやカメラ、ビル管理システムと連携し、状況を判断しながら複数の作業をこなせるようになります。
例えば、オフィスの倉庫にある棚から特定のスマートフォンを見つけて取り出す、書類を整理する、来客を案内するなど、1台のロボットが状況に応じて様々な役割を果たす「多能工化」が実現します。従来のロボットは特定の作業しかできませんでしたが、この技術によって柔軟な対応が可能になるのです。
なぜ今、日本にチャンスなのか?
AIの開発競争では、アメリカや中国に日本は遅れをとっていると言われてきました。ChatGPTのような大規模言語モデルの開発では、確かに遅れを取っています。しかし、フィジカルAIの分野では話が違います。
日本の強みは「ものづくり」です。具体的には以下のポイントが挙げられます。
1. 実績と信頼性 日本の産業用ロボットは、自動車工場をはじめ世界中の製造現場で使われています。現場で何年も動き続ける耐久性、ミリ単位の正確性、安全性。これらは一朝一夕には築けません。楽天証券のアナリストは「現場ですぐ壊れてしまうと意味がない。日本企業は実績と信頼性がある」と指摘しています。
2. 世界シェア 国際ロボット連盟によると、2024年に世界で稼働していた産業用ロボットは約466万台。そのうち日本メーカーのシェアは約4割を占めます。ファナックだけでも2割近いシェアを持っています。この既存の導入実績は、フィジカルAI時代の大きなアドバンテージです。
3. 部品・センサー技術 ロボットには精密な部品や各種センサーが必要です。駆動装置、関節部品、画像センサー、触覚センサー。これらの分野で日本企業は高い技術力を持っています。村田製作所、オムロン、キーエンスなどの技術が、フィジカルAI時代に重要な役割を果たすでしょう。
4. 政府の支援 政府はAI分野に1兆円規模の投資を打ち出しており、その中でもフィジカルAIを特に注力する技術と位置付けています。国を挙げての支援体制が整いつつあります。
人手不足という社会課題
日本でフィジカルAIが特に期待されているのは、深刻な人手不足という社会課題があるからです。少子高齢化が進む中、製造業だけでなく、物流、介護、小売など様々な分野で働き手が足りません。
従来のロボットは工場の生産ラインなど、人がいない環境で決まった作業をするものでした。しかしフィジカルAIによって、人と一緒に働けるロボットが実現すれば、オフィスでの書類整理、店舗での接客補助、病院での搬送業務など、活躍の場が大きく広がります。
危険な作業や重労働をロボットに任せることで、人間はより創造的な仕事に集中できるようになるかもしれません。
中国の人型ロボットとどう違うのか?
テレビのニュースなどで、中国製の人型ロボットが話題になっているのを見たことがある方もいるかもしれません。確かに人型ロボットは見た目のインパクトがあります。しかし、楽天証券のアナリストは「人型はインパクトはあるが活用する仕事が見えてこない。実社会で使えない可能性もある」と分析しています。
人間と同じ形をしている必要があるのは、人間用に作られた環境や道具をそのまま使う場合です。しかし実際の作業現場では、目的に応じた専用のロボットの方が効率的で確実に動作します。日本企業が培ってきたのは、まさにこの「現場で確実に動くロボット」の技術です。
見た目の派手さではなく、実用性と信頼性。これが日本の勝ち筋だと言えるでしょう。
IT企業として思うこと
私たちのようなIT企業にとっても、この動きは非常に興味深いものです。フィジカルAIの実装には、AI技術だけでなく、通信技術、クラウド技術、データ処理技術など、様々なIT技術が必要になります。
ソフトバンクと安川電機の協業がまさにそうですが、従来のハードウェアメーカーとIT企業の融合が進んでいます。AIでロボットを動かすには、リアルタイムでデータを処理し、瞬時に判断する必要があります。これは5GやエッジコンピューティングといったIT技術の出番です。
地方の中小企業であっても、こうした技術トレンドを理解し、自社のビジネスにどう活かせるかを考えることが大切だと感じます。直接ロボットを作らなくても、ロボットが普及した時代にどんなサービスが求められるのか、どんなシステムが必要になるのか。想像力を働かせる良い機会です。
これから起こること
国際ロボット展では、ファナックのロボットが人の言葉を理解して動作するデモや、動く部品を追いかけながらねじを締めるデモなど、これまで見たことのない光景が披露されました。工場だけでなく、物流倉庫、病院、店舗、オフィス。様々な場所でAIロボットが働く時代が、本当にやってきそうです。
ファナックの山口社長は「フィジカルAIにロボットを提供する立場になり、これまで以上に社会へインパクトを与えられる。新たなフェーズに入った」と語っています。また、NVIDIAのジェンスン・フアン氏は「日本はフィジカルAIによるロボットのAI革命をリードする国にふさわしい。日本が持つメカトロニクス技術は、世界でも大きな強みです」と日本企業に期待を寄せています。
AIといえば、どうしても米国のGAFAや中国のIT企業が目立ちます。しかし、フィジカルAIという新しい分野では、日本企業が世界をリードする可能性があります。ソフトウェアではなく、ハードウェアとソフトウェアの融合。まさに日本の得意分野です。
長らく「失われた30年」と言われてきた日本ですが、フィジカルAI時代の幕開けとともに、新しい成長の物語が始まるかもしれません。地方の私たちも、この大きな流れをしっかりと見守り、できるところから関わっていきたいと思います(^^)
