テレビ番組の枠を超えた「建築プロジェクト」。SASUKEのセット制作に学ぶ、究極の品質管理

3023文字 Blog, シリーズ『学び』

年末年始になると、必ずと言っていいほど放送される『SASUKE』。私自身、そこまで熱心に見るタイプではありませんでした。「すごいアスリートたちが難しい障害物に挑戦する番組」くらいの認識だったんです。

でも昨日、たまたま放送を見ていてあの巨大なセットを改めて眺めたとき、ふと思ったんです。「これ、どうやって作って、いくらかかるんだろう?」と。調べてみたら、想像をはるかに超える世界が広がっていました。そこには学ぶべきことがたくさんあったので、今日はそれを共有したいと思います。

1回の大会で「数億円」かかる番組セット

まず驚いたのが制作費の規模です。SASUKEのセット、1回の大会で数億円かかると推測されています。テレビ番組のセットとしては、もはや異常な金額です。

設営期間は約1ヶ月から1.5ヶ月。でも、設計やシミュレーションを含めた準備期間は、前回の大会が終わった直後から始まっていて、実質的に半年から1年がかりのプロジェクトなんです。延べ数百人のスタッフが動員され、クレーン車や高所作業車が何台も投入される、もはや「巨大建築工事」に近い状態です。

特に、FINAL STAGEのタワーは高さ約25メートル。マンションの8〜9階建てに相当します。これだけの高さの構造物を建てるには、本物のビル設計と同じように、構造設計事務所が入って、専用ソフトで強度計算(構造解析)を行っているそうです。台風などの強風でも倒れない、プロの建築技術が詰まった「建築物」なんですね。

「難しすぎず、簡単すぎない」という究極の塩梅

最も興味深かったのが、難易度の調整方法です。簡単すぎると「完全制覇者」が続出して番組の権威が落ち、難しすぎると誰もクリアできず視聴者が冷めてしまいます。

この絶妙なラインをどうやって決めているかというと、「シミュレーター」と呼ばれるテスターが実際にコースを走ります。過去の有力選手や、SASUKEを知り尽くした制作スタッフ、器械体操の経験者などが担当し、「ここの板の間隔をあと5cm広げよう」「この回転速度だと誰も行けないから少し落とそう」といった微調整を、ミリ単位・0.1秒単位で繰り返すんです。

IT業界でいう「ユーザーテスト」や「品質管理」そのものですよね。でも、SASUKEの場合その調整の精度が桁違いです。制限時間を「あと1秒」削るだけでクリア率が激変する。ジャンプする足場の距離を5cm広げるだけで、身体能力の限界を突ける。この感覚は、まさに職人技だと思います。

総合演出の乾雅人氏は、有力選手のSNSや練習風景をチェックし、「今の彼らならこれくらいはできるはずだ」と半歩先を行く難易度を設計するそうです。つまり、選手の成長を予測して、それを上回る新エリアを開発する。いわば、「作る側」と「挑む側」の知恵比べが、あのセットの凄みを生んでいるんです。

世界160カ国で放送、25カ国で現地版を制作

実は、SASUKEは世界160以上の国と地域で放送されており、現地版(その国の選手が出場する独自制作版)は25カ国以上で作られています。特にアメリカ版(American Ninja Warrior)は大成功していて、すでに16シーズン以上続く国民的人気番組です。

その人気が高まりすぎて、2028年のロサンゼルス五輪では、近代五種の馬術に代わる新種目として、SASUKEをベースとした障害物レースが採用されることが決まっています。テレビ番組が五輪種目になる、というのは前代未聞の出来事です。

現地最適化の苦労

海外でセットを作る際、日本のスタッフが直面する苦労がまた興味深いんです。

まず、多くの国では都市を巡回する「ツアー形式」をとります。そのため、セットは「巨大なプラモデル」のように短期間で組み立て・解体ができる構造にする必要があります。数日で組んで、数日でバラして次の街へ、という強行軍は、日本の職人芸的な作り方とは別の、高度なロジスティクス(物流・設営技術)が求められます。

そして最も面白いのが、選手の体格に合わせた調整です。海外選手(特に欧米)は日本人よりリーチが長く、パワーも桁外れです。日本版と同じ間隔でセットを作ると、彼らにとっては「近すぎて簡単すぎる」場合もあればその逆もあり得る。

そのため、現地の選手の平均的な歩幅や筋力に合わせて、ミリ単位でエリアの間隔を広げたり、負荷を重くしたりする「現地最適化」が行われているんです。これ、まさにローカライゼーションですよね。同じ製品でも、市場に合わせてカスタマイズする、という発想です。

敵は「人」ではなく「鋼鉄の魔城」

ここまで制作の裏側を見てきましたが、実はSASUKEの最大の魅力は、選手たちの関係性にあると思います。

普通の競技は「相手より速く」や「相手を倒す」ことが目的ですが、SASUKEの敵はあくまでセット(鋼鉄の魔城)です。誰かがクリアしたからといって、自分の合格枠がなくなるわけではありません。理論上、100人全員が完全制覇してもいいのです。

だからこそ、有力選手たちは自分が発見した「攻略のコツ」をライバルに教えます。「あそこは右から行ったほうがいい」「あそこは滑るぞ」といったアドバイスが、本番直前まで飛び交う。脱落した選手が、まだ残っている仲間のために涙を流しながら声援を送るシーンは、SASUKEの名物です。

有力選手たちは自宅に自作のセットを作っていますが、そこをライバルたちにも開放して一緒に練習しています。誰かが新エリアを突破すると、後ろに控える選手たちは「あそこは人間が行ける場所なんだ」と勇気をもらう。一人の成功が、全員の限界を押し上げる。この連鎖が感動を呼びます。

職業も年齢もバラバラ。ガソリンスタンド店員、靴の営業マン、配管工、システムエンジニア。普段は別々の道を歩む大人たちが、この日だけは少年のように泥だらけになって、一人の挑戦を全員で祈るように見守る。現場では、選手同士が「サスケ・ファミリー」と呼び合うこともあるそうです。

ビジネスとして学べること

IT企業を経営している立場として、SASUKEから学べることは何でしょうか。

まず一つ目は、「究極の品質管理」です。ミリ単位・0.1秒単位での調整。選手の成長を予測した難易度設計。これは、ユーザー体験を徹底的に追求するプロダクト開発そのものです。

二つ目は、「グローバル展開における現地最適化」です。同じコンセプトでも、市場に合わせてカスタマイズする。この発想は、どんなビジネスにも応用できます。

三つ目は、「競争ではなく協創」という文化です。ライバル同士が情報を共有し、お互いを高め合う。この関係性があるからこそ、長く愛される番組になったんだと思います。

そして最後に、「人間が成長するための高い壁を作る」という姿勢です。セットを作る側は、絶望的な壁を作っても、誰かが必ずそれを超えていくことを信じている。そして、超えた者がまだ超えられない者に手を差し伸べる。この構図があるからこそ、難攻不落のセットが単なる「いじわる」ではなく、「人間が成長するための高い壁」として機能しているんです。

とても面白いコンテンツですし、プロフェッショナルの仕事についてSASUKEから教わった気がしますね(^^)

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この記事を書いた人
T.kawano

T.kawano

宮崎生まれ、宮崎&長崎育ち。長崎西高、長崎大学経済学部卒。
在学中からWeb業に従事して約20年。人生の半分以上をWebに注いできました。

デザインからライティング、撮影、プログラミングまでやっており、専門家としてセミナーをしたり、Webでお困りの方の相談にも乗ってきました。

「話す・作るWebディレクター」として活動中。
器用貧乏を逆手に取り、ITの力を活用して少数精鋭の組織で動いています。

三児と一猫の父。趣味は「お笑い」「アニメ(狭く深く)」「バドミントンとそれに必要なトレーニング」
「優しく」「仕事ができ」「面白い」人間を目指して日々精進中。