村上宗隆選手、入団早々シカゴに314万円の寄付。これまでの行動とその行動の希有さについて

12月22日、ヤクルトからホワイトソックスに移籍した村上宗隆選手(25歳)が、入団会見のその日に、シカゴ市民に対して計2万ドル(約314万円)の寄付をしたというニュースを見ました。
入団会見当日ですよ。まだシカゴの街をろくに歩いてもいない。そんなタイミングで、「シカゴ住民のために何か特別なことをしたい」と自ら球団に申し出たそうです。この心意気、本当に素晴らしいですね。
寄付の内容
球団の発表によると、村上選手は困窮している人々を支援する活動「セント・ジェームズ・フード・パントリー」を通じて、食料不安に直面しているシカゴの100世帯に対し、それぞれ100ドル分の食料品ギフト券を寄付しました。これが計1万ドル(約157万円)です。
さらに、シカゴ市民の支援事業を支える目的で、同団体にもう1万ドル(約157万円)を寄付したとのこと。合わせて2万ドル(約314万円)。まさに「クリスマスプレゼント」として、シカゴの困っている人々に届けられたんです。
村上宗隆という選手
村上選手は、2000年2月2日、熊本県熊本市生まれの25歳です。九州学院高校時代から「肥後のベーブ・ルース」と呼ばれ、高校通算52本塁打を記録しました。2017年のドラフト会議では、清宮幸太郎選手の交渉権を逃したヤクルト、巨人、楽天の3球団が外れ1位として村上選手を指名し、抽選の末、ヤクルトが交渉権を獲得しました。
プロ入り後は、2019年に36本塁打で新人王を獲得。2021年にはセ・リーグMVP。そして2022年には、日本人選手のシーズン最多記録となる56本塁打を達成し、史上最年少(22歳)で三冠王に輝きました。2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも日本代表として世界一に貢献した、日本を代表するスラッガーです。
そして今回、2年3,400万ドル(約53億7,200万円)という大型契約で、ポスティングシステムを使ってホワイトソックス入りが決まりました。
故郷思いの選手
実は、村上選手はヤクルト時代から、地域や困っている人々への寄付活動を続けてきた選手なんです。入団2年目の2019年から、熊本城復旧のための支援活動を実施。2020年からは、本塁打や打点を挙げるごとに一定額を寄付する活動を続けてきました。2024年1月の能登半島地震の際も寄付金を贈っています。
つまり村上選手にとって困っている人々に手を差し伸べることは、特別なことではなく、自然なことなんです。だからこそ、まだシカゴに馴染む前から、「シカゴの人々のために何かしたい」と思ったのでしょう。
シカゴという街の現実
実は、シカゴは美しい街並みと文化で知られる一方で、治安の問題を抱えている都市でもあります。2022年の統計では、シカゴ市内で695件の殺人事件が発生しました。強盗事件は8,996件、加重暴行事件は14,954件と報告されています。
特にダウンタウンから南に行くほど治安が悪化し、一部の地域では、麻薬売買、売春、暴力犯罪が横行しています。貧困層が多く、食料不安に直面している家庭も少なくありません。村上選手が寄付した「食料品ギフト券」は、そういった困窮している100世帯にとって、本当に助けになったはずです。
ホワイトソックスという球団
村上選手が入団したホワイトソックスは、今、とても厳しい状況にあります。2024年シーズンは、41勝121敗という、近代野球史上最悪の成績でした。アメリカンリーグ15チーム中、打率、本塁打数、得点数、ほぼすべての打撃指標でリーグ最下位。投手成績も、防御率、被打率、与四球数でリーグ最下位。21連敗を記録し、シーズン途中で監督も解任されました。
つまり村上選手は、あえて「弱いチーム」を選んだんだと思います。大谷翔平選手や山本由伸投手のようにドジャースに行くこともできたはずなのに、です。入団会見で村上選手は、「僕にすごく合っていると思いました。これからどう勝つかというのは僕もチームの一員になりますし、僕たちで話し合って、前に向かって勝ちに向かってストーリーを作り上げていければと思います」と語っています。
弱いチームを立て直す。そのチャレンジに、村上選手は魅力を感じたのでしょう。
入団時に地域に還元する選手は珍しい
MLBでは、選手による慈善活動は盛んです。ロベルト・クレメンテ賞という、慈善活動を精力的に行っている選手に贈られる賞もあります。大谷翔平選手もエンゼルス時代に小児支援団体に寄付をしていますし、日本でも和田毅投手が長年ワクチン支援活動を行っています。
ただ、「入団直後にすぐ地域に寄付」というケースは、かなり珍しいと思います。通常は活躍してから、シーズン中やシーズン後に寄付をすることが多いですから。村上選手のように、入団会見のその日に、まだ何も成し遂げていない段階で、「この街のために何かしたい」と申し出るのは、本当に心からの行動だと感じます。
私たちが学べること
村上選手の行動から、私たちが学べることは何でしょうか。それは、「人を想う心」と「行動する勇気」だと思います。村上選手は、有名だから、お金があるから寄付をしたわけではありません。熊本城の復旧支援を始めたのは、プロ入り2年目。まだそれほど稼いでいなかった頃です。
そして今回も、シカゴという新しい街に来て、まだ何も知らない、何も成し遂げていない段階で、「この街のために何かしたい」と思った。その想いを、すぐに行動に移した。これが本当に素晴らしいと思うんです。
私たちも、日々の仕事の中で、地域のために何ができるか。お客様のために何ができるか。そう考えることはあるかもしれません。でも、実際に行動に移せる人は少ない。村上選手の行動は、「思ったら、すぐやる」ということの大切さを教えてくれます。
村上選手の今後に期待
村上選手は史上最低の成績だったホワイトソックスに、どんな変化をもたらすでしょうか。野球の成績はもちろんですが、それ以上に、村上選手の「人を想う心」がチームメイトに球団に、そしてシカゴの街に、良い影響を与えてくれればと思います。そしてその活躍を心から応援したいと思います(^^)
